米軍立川基地をめぐる砂川事件で、米軍駐留を憲法9条違反とした東京地方裁判所判決(伊達判決、1959年3月30日)が出された翌日、マッカーサー米駐日大使が藤山愛一郎外相と会って、最高裁に跳躍上告することを示唆した。
田中長官が「少なくとも数カ月で判決が出る」と語っていた。
それを示す極秘公電が米国立公文書館で発見されている。
裁判官が裁判手続中に当事者や利害関係者と接触することは、裁判の公正への疑念を生じさせる行為で、職務規律違反でもある。
マッカーサー大使より米国国務長官宛て、11月6日発書簡で、田中最高裁長官との非公式会談において、「判決は来年初頭までに出したいが、確言はできない」と語り、裁判官の中で、「手続き面」を重視する(地裁の権限を問題とする)人々、「法律面」(米軍駐留の法的根拠)を重視する人々、「憲法論」(条約と憲法の効力関係)を重視する人々の分れていることを示唆(imply)した。
マッカーサー大使が判決の翌日(12月17日)国務長官宛てに発信した電報がある。勝訴を伝え、田中の手腕(skill)と政治力(statesmanship)を讃え、日本を世界の自由陣営に組み込むことへの金字塔(landmark)だと言っている。
トンでもない最高裁があったものである。
国民に対する重犯罪である。
田中耕太郎最高裁長官は訴追され、伊達判決に復帰すべきことは言うまでもない。