戦前と全く同じ経済構造が作り出されたのだ。
1932年(昭和7年)2月16日、日蓮の誕生日に合わせて、奉天(現・瀋陽)で傀儡たちの「満州建国会議」なるものが開かれた。出席者は張景恵、馬占山、蔵式毅、煕洽、そして本庄繁関東軍司令官、板垣征四郎大佐、石原莞爾中佐、片倉衷大尉などである。その会議場には日本侵略傀儡の形跡を消すために日の丸も五色旗も飾られていなかった。
しかしその何もない会議場に只ひとつ、異様な垂れ幕がぶら下がっていたのである。
垂れ幕には肉太な達筆で「南無妙法蓮華経」と書かれていた。
石原莞爾の、関東軍司令部の、他人の土地に入り込んでイカれた帝国をでっち上げるコソ泥たちの正体であった。
左手に国家神道という恥ずべき利権道具を、右手に南無妙法蓮華経・日蓮主義の単細胞的妄想を抱えて、幼稚な男たちが際限のない暴力を行使して行ったのである。
関東軍オカルト参謀・石原莞爾は熱心な法華経の信者だった。
奇天烈なカルト理論を妄想の中で捏ねくり廻して、未熟で野蛮な陰謀に突っ走り満州帝国の悲劇と喜劇を演出した。
しかしその何もない会議場に只ひとつ、異様な垂れ幕がぶら下がっていたのである。
垂れ幕には肉太な達筆で「南無妙法蓮華経」と書かれていた。
石原莞爾の、関東軍司令部の、他人の土地に入り込んでイカれた帝国をでっち上げるコソ泥たちの正体であった。
左手に国家神道という恥ずべき利権道具を、右手に南無妙法蓮華経・日蓮主義の単細胞的妄想を抱えて、幼稚な男たちが際限のない暴力を行使して行ったのである。
関東軍オカルト参謀・石原莞爾は熱心な法華経の信者だった。
奇天烈なカルト理論を妄想の中で捏ねくり廻して、未熟で野蛮な陰謀に突っ走り満州帝国の悲劇と喜劇を演出した。
第一次大戦と同じ様に、第二次大戦のときも独占資本の利潤は戦前の時期、すなわち恐慌と不況の時期に比べて増大したばかりでなく最高の景気を示した頃に比べてさえ増大した。
ばく大な利潤が予備金、過大な償却費、「再転換特別基金」などの形で隠されていた。
ヒトラードイツでも、日本でも、独占資本が極めて大きな利潤をあげた。
これが資本の愛国や国家防衛なのである。
独占資本が富を増やし小企業が蹴散らされる結果として、戦争は資本主義的集中を強化し、金融資本の威力を拡大して行く。