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安倍晋三前首相は終戦の日の今日、東京・九段・靖国神社で被害者の御霊を無視の恥知らず振り

安倍は参拝後、記者団に靖国英霊兵士に惨殺されたアジアの家族の御霊にはひと言も言及しなかった。
信じられない鬼畜振りである、
終戦の日、先ず何を措いても日本皇軍がアジア各地でむごく殺し廻った被害者の霊に跪くのがひととして当然の態度ではないか。
安倍は父島で日本軍が宴席で人肉を喰ったウォーレン・アール・ボーン(Warren Earl Vaughn)中尉の霊には何も言わない。(靖国参拝なら父島事件で検索は国民の義務)
日本国民としてこれほど恥ずかしいことはない。
安倍は「終戦の日にあたり参拝した。先の大戦において、祖国のために母や父、友や子、愛する人を残し、祖国の行く末を案じながら散華(さんげ)され、尊い命を犠牲にされたご英霊に尊崇の念を表し、 御霊(みたま)安かれとお祈りした」と語った。
安倍は首相在任中だった平成25年12月に靖国神社を参拝したが、終戦の日は参拝していなかった。

ふもとのインタバス村にたどりついたら、村人が6,7人、私を取り囲み、
キタンランド山になぜ登ったかを問うてきた。私は訳を話した。
残留日本兵の「食」に少し触れた。
その時に村人が示した反応を、どのように形容すればいいのだろう。
疲労の果てに夢を見ているのかと私は思った。
村人たちは口々にいったのだ。
「母も娘も食われました」
「私の祖母も日本兵に食われてしまいました」
「棒に豚のようにくくりつけられて連れていかれ、
食べられてしまいました」
「食われた」。この受け身の動詞が、私のメモ帳にたちまち10個も並んだ。
村人たちは泣き叫んではいない。声を荒げてもいない。
押し殺した静かな声だった。
なのにメモ帳が「食われた」という激しい言葉で黒く埋まっていくのが不思議だった。
老人は、戸惑う私を無言でじっとみつめていた。
      (辺見庸『もの食う人々』単行本P51より引用・
1994年ベストセラー